道の駅北川はゆま

翻訳されない原語に隠された意味 Part3

映画 > 英語

約三年半振りの特集ネタです。“日本語字幕”や“吹替”に宿すことができなかった原語に込められた意味を解説します。取り上げる作品は『ピッチ・パーフェクト』 『魔法がとけて』 『エイリアン2』の三作品です。

■はじめに

この記事は字幕、および吹替翻訳者の方々を非難・糾弾したり、揚げ足を取る事を目的としていません。映画字幕や翻訳には多くの制約があり、その中で苦心してどうにか原語の意味を日本語という構造が全く違う原語に翻訳しているのですべて完璧に訳すことなどまず不可能です。その上で感心の訳文に出会ってハッとすることもあれば、これはどうなの?という稚拙な訳としか云えないものも正直あります。私はプロの翻訳家ではないですが、それでも気づく部分はあります。翻訳家の方々が泣く泣く削らざる得なかったであろう原文の要素をご紹介します。

■『ピッチ・パーフェクト』より-英語字幕ですら見落としたギャグ

奇人変人だらけのアカペラ大学サークル「バーデン・ベラーズ」が巻き起こすてんやわんやと、心震わせるほどのアカペラシーンの数々で奏で彩られたミュージカル映画史上最高傑作の一つです。

「バーデン・ベラーズ」のメンバーが『ブラックファスト・クラブ』の真似事でお互いの秘密をさらして結束を固めようとする場面があります。そこでシンシアというレズビアンである事を隠している(けれど皆にバレバレ)女の子が手を挙げます。そしてそれをからかうファット・エイミー。

シンシア「話すのに勇気が要る」

エイミー「(小声で)見当つくでしょ? 正直にどうぞ」

これが日本語字幕です。翻訳だと「ぶっちゃけていいよ」なので意味はほぼ同じです。

英語字幕で見ると

“I think we all know where this is going. Let’s be honest”

なので一見忠実な翻訳に見えます。

しかし、原語でエイミーが言った台詞は

“Les-be honest”

つまり、「“レズビ”オーネスト」と“レズビアン”を掛けたギャグです。もう皆あなたがレズビアンって事は承知してんのよ、ということを暗に仄めかしながら茶化しているのです。YouTubeにある様々な映画のハイライトを紹介している動画でもこのシーンが取り上げており、動画のタイトルは“Lesbi Honest”です。しかし、YouTubeの英語自動字幕起こしでは“Let’s be honest”となっているので機械学習アルゴリズムにはエイミーのギャグがつかめていませんね。

■『魔法がとけて』-文法から放たれたギャグ

Netflix配信のカトゥーンファンタジーアニメ『魔法がとけて』よりご紹介します。

シーズン2エピソード8「ビーン、劇作家デビュー?!」

今回ご紹介するギャグはこの物語やキャラクターの性格などを用いたギャグではなく、英語の文法上における名詞を使ったギャグです。

ゾグ王が観劇に向かう前の短いやり取りより。

側近:Sire, It’s showtime.

ゾグ王:All right, let me just get my opera glasses.

ビールジョッキ二つを抱えて

ゾグ王:Let’s go.

念の為翻訳すると

「陛下、お時間です」

「よし、私のオペラグラスを取ってくる」

「行くぞ」

なのでオペラグラス(観劇用の小型の双眼鏡)かと思わせて、ビールのグラスの事だったというギャグでこれは日本語字幕でも吹替でもわかります。

ただ、ここのギャグのもう一つのポイントは彼がジョッキを二つ持っている事です。なぜなら前振りでglassesと複数形で言っているからです。

中学校ぐらいでしょうか、英語の授業で眼鏡を意味する英単語は“glasses”で必ず複数系であると学びませんでしたか?なので一つの眼鏡を云う時には“a pair of glasses”となります。“a glass”はまずありえないです。余談ですが双眼鏡を意味するのは“binoculars”ですが“bin”に二つのという意味は既に込められているのにここでも必ず複数形にします。しかし、双眼望遠鏡の場合は“a binocular telescope”で単数形になります。

閑話休題。上記の法則に則ってオペラグラスも英語では“opera glasses”と複数形になっているのでゾグ王は二つのビールグラスを抱えているのですが、実はここちょっと苦しいんですね。なぜなら彼が持っているのは厳密にはビールジョッキ(英語ではa beer mug)でグラスではありません。なぜなら取手がついているものはグラスとは云わないからです。実際、小さなサイズで取手が付いているものはグラスという場合もありますが、彼が持っているサイズは明らかにその呼称の範疇を超えています。

それでもどうにかこのオペラグラスとビールを引っ掛けたかったのでしょうね。名詞の観点からは少し強引ですが、文法的に考えると見事なギャグになっている珍しいケースです。

■『エイリアン2』-すり抜け落ちたSF映画史上最高の名言

言わずもがなのSFアクション映画の金字塔。本当何度見ても楽しい中枢が絶頂する面白さですが、こちらも原語と吹替では大きくイメージが乖離している台詞が多々あります。例えば部隊の隊長であるアル・エイポーン軍曹が整列を促し、兵士たちがビシッと並んだ時に大満足して投げかける台詞が字幕だと「海兵の猛者たち」吹替だと「お前らには敵などいない」なのですが、英語版ではこのシーンのエイポーンの台詞は『エイリアン2』における数多くの名台詞の一つとして認識されています。原語版では

“rrRRRrr Absolutely BADASSES!!

これを翻訳して原語のイメージにするのは難しいでしょうね。特に字幕だと”rrRRRrr”の感じが出すのは至難の業ですね。

さて、今回紹介したいのはリプリーがクイーンエイリアンと最終決戦の際に言い放つ名台詞中の名台詞です。

リプリー:“Get away from her, you bitch!”

日本語字幕だと

リプリー:「子供に構わないで!」

日本語吹替えだと

リプリー:「その子から離れなさい。化け物!」

この台詞が名台詞として認識されていることに対して日本語版と英語圏の方々とでは大きく離れている印象を抱きます。もちろん、名場面なので上記の日本語版の台詞、若しくは原語版の台詞も記憶している方も多くいると思いますが、実は二つ見落としがちなポイントがあります。

一つは、“bitch”という単語。日本語では“ビッチ”は“ヤリマン”“尻軽女”と性的にみだらな女性に対する侮蔑を込めた悪口となっていますが、英語ではそんな意味を込めることはあまりなく、むしろ“嫌な女”“クソ女”“性悪女”というニュアンスです。ちなみに友人同士の呼びかけで冗談のような感じでも使います。なのでここのリプリーがクイーンエイリアンに向かっていう“bitch”は日本語のビッチとは大きくかけ離れています。

ですので厳密には、

「その子から離れなさい、このクソ女!」が近いと思います。“化け物”もわからなくはないのですが、せっかくの女同士の生死を賭けた闘いという構図が抜け落ちてしまいますね。かと言ってビッチのままだと先ほど記した日本独自の意味合いになるのし、クソアマだと言葉が悪すぎるので仕方なく変更したのだと推測します(原語版ではリプリーは随所で汚い言葉を吐いています)。

余談ですが日常会話で”Sorry, I’m being bitchy”と謝られた事があるのですが、

意味は「ゴメンなさい。今日の私イライラしていて嫌な感じね」です。

もう一つ。実は前作『エイリアン』でリプリーはマザーコンピューターが命令を聞かずに既に作動した船の自爆装置を停止しない際に ”YOU BITCH!!” と悪態をついています。『エイリアン2』の終盤の展開は『エイリアン』のラストと大きく類似しています(タイムリミット、逃げた先でのもう一波乱、生存者の救出をしながらの脱出)が、実はこの“You bitch!”も呼応していたのです。ちなみに、この日本語字幕は「このクソ女!」でしたので原語のニュアンスにかなり近いですね。

■最後に

今回は以上です。またいつか、これは面白いけどニュアンスが抜けてて勿体ないなぁと思ったものや、ニヤリとできるようなネタが集まったら公開します。

英語を勉強したおかげでこのようなネタが気づけるようになってより英語を原語とした映画やドラマ、アニメや小説が一段階どころではなく、何段階も楽しく、より好きになることができました。

一方で断わっておきたいのは、日本語の字幕翻訳や吹替のレベルは相当高く、洗練されています。これは日本語字幕、吹替という文化と技術が映画の歴史と並行して磨かれてきたおかげです。ただ、二つの言語の橋を渡すことができないニュアンスやギャグ、言外の意味、文法上の問題、そして文化の違いによって切り捨てるしかない要素が多々あるのも事実です。

翻訳家の方々の心労を注いだ翻訳の途中で、切歯扼腕しながらも泣く泣く言葉に載せることを諦めた粒たちを、落穂拾いさせて頂いているだけですが、私がその拾える穂に堪らない魅力と味わい深さに心ときめくのです。そのときめきをまたいつかお分けできたらと。次の収穫もどうぞお楽しみに。